一般質問しました。「誰一人取り残さない、持続可能でやさしいまちづくりへ」

*22日に行いました一般質問の原稿を上げて起きます。主に以下の3点についてお聞きし答弁を得ました。答弁原稿についてはまた別途、アップして行きます。

1.困難な問題を抱える女性への支援について

2.「教育格差」を生まないための教育支援について

3.子どもたちを守る「人権教育としての性教育」について

一般質問を行います。

区長と教育長の、前向きな答弁をお願いします。

初めに●困難な問題を抱える女性への支援についてお聞きします。

先の国会で「困難な問題を抱える女性への支援に関する法律」(以下女性新法)が成立し、2024年に試行します。これまでの婦人保護事業は、1956年に制定された「売春防止法」を根拠にしていたため法の目的が「補導処分」「保護公正」でした。しかし女性が困難な状況に追い込まれた背景にはさまざまな女性特有の状況があることから、女性新法の目的・基本理念には、「女性の福祉」「人権の尊重や擁護」「男女平等」が書かれ、「女性が安心、自立して暮らせる社会の実現に寄与する」ことも明記されています。

女性新法は、財政支援の根拠を初めて明記し、国と自治体に

1)教育・啓発 2)調査研究の推進 3)人材確保 4)民間団体援助

の面からも支援に取り組む責務があると書かれています。

自治体における既存事業の拡充や新たなモデル事業を行うための、国からの予算の拡充を図っています。

そこで質問です。本区においては、この女性新法の成立を踏まえ、困難な問題を抱える女性支援の取り組みを、1)教育・啓発 2)調査研究の推進 3)人材確保 4)民間団体援助 の面からは、どのような取り組みやまた既存事業の拡充をすべきだと考えていますか? 

基本計画策定の予定も含め、その進捗などについてお答えください。

 女性新法では、昨今の複雑化する女性の困難な状況や、ジェンダーバイアスのため見えづらくなっている状況を変えていくため、自治体は民間団体などと支援調整会議をつくって、連携・協働した支援を行うことを求めています。民間団体と円滑で効果的な連携を図る上で、自治体と民間が対等な立場であることが重要であり、支援に対する自治体側の意識改革も必要ではとの指摘もあります。本区はこれまでもさまざまな支援事業において、民間団体との支援会議体を設置し協働支援を行ってきています。

そこで質問です。困難な問題を抱える女性支援に関しては、民間団体との協働支援について、どう活かしていくべきと考えますか?

女性新法では「女性相談員」の重要性についても指摘がされています。高い専門性や経験、知見を有する必要性に加え、女性がDV被害者の場合は、相談に乗っている女性相談員が、加害者の関係者との間に入って調整をしているうちに、時には危険な目にあったり訴えられたりという、リスクもあります。

こうしたことから国は、令和4年度予算において、婦人相談手当に経験年数に応じた加算を新設し、調査・指導のための経費の補助など、活動強化事業も盛り込まれています。

そこで質問です。本区における女性相談員の役割や置かれている環境は、どのようになっていますか? 配置状況や研修はどのように行なっていますか?

支援する側の女性が会計年度職員といった有期雇用のため、将来の見通しが立たないなど、不安に苛まれるような働き方であってはならないと考えます。支援する女性の側においても、女性新法の目的と理念に書かれている「女性が安心、自立して暮らせる社会の実現に寄与する」に沿ったものであるべきと考えますが、いかがでしょうか? 

区長の考えをお聞かせください。

本区においては、若年女性の支援においてはすでに区役所横断組織「すずらんスマイルプロジェクト」があり活発に活動を続けてきました。その実戦からの手応えと、新たな課題もまた可視化されてきているのではと思います。

例えば本事業で、支援を行なった若年女性も年月が経つと、ライフステージが代わりその環境に応じた、新たに困難な問題に直面することもあるでしょう。そしてそれはまた、女性特有のものであります。

女性新法は、その支援対象を若年女性に限ったものではなく高齢者から、障害のある方や外国人までと幅広いものです。

本区においては、ライフステージの変化に応じた、支援の拡充の必要性についてはどのように考えているのでしょうか? 

環境や年齢によって、複雑化し多様化する女性ならではの困り事にきめ細かく対応できる、実効性のある支援を充実させていくべきです。新法の理念を幅広く浸透させ、女性と子どもにやさしい、誰一人取り残さない豊島区の実現を目指すべきです。

区長のお考えをお聞かせください。

次に

●「教育格差」を生まないための教育支援について お聞きします

「教育格差」とは、その人が置かれた環境によって、受けることができる教育に不平等が生まれてしまうことです。日本においても子どもの教育格差の問題は深刻です。出身家庭や地域など自分ではどうすることもできない「生まれ」で、受けられる教育の選択肢や可能性が制限されてしまうといった、「緩やかな身分制度」があると指摘する社会教育学者もいます。

「教育格差」を生み出している、一つには貧困の問題があります。

まず、現状では教育費にお金がかかり過ぎています。中学校までは義務教育ですが、それでも教育費が全くかからないわけではありません。さらに子ども一人を大学まで通わせると、大学卒業までにかかる平均的な教育費(下宿費、住居費等は除いても)は、全て国公立でも約800万円かかります。また全て私立だと約2,200万円に上るとの試算があります。日本教育費の公的負担率が極端に低く、そのぶん家庭に負担を強いているのです。

そのため、子どもの方から遠慮して「学びたいのに学ぶのをあきらめる」子どもたちが多くいるという状況にもなっています。文科省「高校生の大学進路に関する保護者調査」(令和3年度)によると、「世帯収入が少ないほど、大学進学(国公立と私立大学の合計)を希望する割合が低い。この傾向は授業料の比較的低い国公立大学においても確認できる」としています。世帯収入が650万円未満の世帯は、平均よりも進学希望者が低いという調査結果もあります。

子どもの教育格差の是正、これこそ国や行政が率先して取り組むべき、最優先の課題と考えますが、区長はどのように考えますか? 

 本区は来年2月に児童相談所が開所します。本区においても、児童相談所が設置される前から、虐待や育児放棄などにより社会的擁護を必要とする子どもたちについては、区外の児童養護施設や里親の元で暮らしています。

そうした子どもたちに対しての、区の支援やフォローというものは、今はどのようになっているのでしょうか? また児童相談所が設置されることで、その支援体制が強化されることにもなるのでしょうか?

 私は、国の負担によって全ての子どもや若者に対して、教育費は大学院卒業まで無償にするべきとの考え方です。しかしそれが叶わない今は、せめて学び続けたいという夢を「教育格差」のために諦めなくてはならない、子どもへの支援が必要です。

具体的には、児童相談所の一時保護を経て、児童養護施設や里親で暮らした若者に対しては、区が独自に給付型の奨学金を出すなどし、全面的に支援をするべきではないでしょうか?

文科省の資料によると、児童養護施設退所者の中退率は、一般の全学年の学生と比べると、約8倍多いとのデータもあります。これは、家賃や生活費を稼ぐためのアルバイトと学業との両立が大変だったということです。

この状況はなんとしても変えなければなりません。もちろん学歴が全てではありませんが、学びたいという若者の夢を、区は全力で応援するべきです。学びたいのにお金がなくて学べない若者を、豊島区はゼロにするべきです。

 こうした課題を解決しようと取り組んでいる自治体の先行事例があります。例えば世田谷区では児童擁護施設などを巣立った若者の進学や社会的自立を応援する「せたがや若者フェアスタート」として、給付型奨学金、住宅、居場所支援・地域交流支援を行っています。それらの財源には基金を創設し寄付を募っています。

本区においても、「としま子ども若者応援基金」を創設しており、困窮する家庭へのお米の配布など食糧支援とアウトリーチを行っておりますが、今後の「子ども若者応援基金」の活用事業に、本区に新しく設置できる児童相談所と連動し、子ども若者の未来のために使っていただきたいと考えますが、いかがでしょか?

区長のご所見をお聞きします。

最後に

●子どもたちを守る「人権教育としての性教育」について お聞きします。

今年4月より「教員による児童生徒への性暴力防止法」が施行されました。性犯罪を犯し懲戒処分となった教員が、3年後に再び教員免許が再交付され子どもの前に立ち、そして再犯が行われるという事件が少なくない、ということから法律が作られました。

今年6月には、教師からの性被害を受けた当事者の方から直接お話をお聞きし、子どもたちの身近に起きている性暴力について学び考える学習会に参加をしました。これは区民の方による「エポック10フェスタ2022」の企画であり、私も一緒に学ばせていただきました。そこで区民の方から「豊島区では、子どもたちを取り巻くこうした状況についてはどのように認識をしているのか? また教員への研修内容や実施状況などについても知りたい」との要望を受けました。

そもそも性被害を犯した教員が再び教育現場に戻り、子どものいる環境で仕事はするべきではないと考えます。教員の配置に関しては東京都教育委員会の管轄になっていますが、本区教育委員会においては、今回の法律施行については、どのように受け止め、また教員への研修内容や実施状況なども含めて、今後どのような施策の推進や研修を考えているのか? お聞かせください。

子どもたちにおいても、 性暴力の加害者、被害者、傍観者にならないため、2023年から全ての学校で「いのちの安全教育」が始まります。発達の段階に応じた、「生命(いのち)を大切にする」「加害者にならない」「被害者にならない」「傍観者にならない」ための教育を実施する、とあります。この「いのちの安全教育」についての、本区の方針や取り組みをお聞かせください。

本区においては「デートDV予防教室」の研修を区内の公立中学校において行っています。また区立保育園においては園児と保護者向けに「CAP子どもへの暴力防止事業」を他区にさきがけて実施しており、効果もあげていると聞いています。こうした研修を今後はさらに小学校、幼稚園での実施も検討しているのでしょうか? 

また「プライベートゾーン」や「同意」などの教育の実施は、各学校でどのようになっているのでしょうか? お聞きします。

「いのちの安全教育」が実施されると、子どもたちからたくさんの「性被害についての「SOS」が出てくるだろうとも言われています。そうした時に、教員や周りの大人が、ちゃんと子どもたちの「SOS」を受け取れることが重要です。そのためには教員など大人が「人権とジェンダー平等」をちゃんと認識しておくことが、何より求められるのではと思います。それについての対策が急がれますが、何か具体的な研修について考えていますでしょうか? 

子どもを取り巻く大人(教師や学校関係者)に対しても、「プライベートゾーン」「性的同意」「からだの自己決定権」「バウンダリー(境界線)」についての研修が必要だと考えます。なぜなら、これまでそのような性教育を受けてこなかった教員自身が、「それは性暴力である、セカンドレイプである」という認識が低い場合があり、無自覚なまま子どもたちと接することで、それが「性暴力」や「セカンドレイプ」につながっている恐れもあると考えるからです。まずはこれまで本区が取り組んできた「デートDV予防教室」のプログラムの教職員向け版を作り、研修を実施してはどうでしょうか?

ユネスコが2009年に公表し、2018年に改訂した国際的な性教育の指針となっている「国際セクシャリティ教育ガイダンス」があります。世界の先進国においては「性を学ぶことは人権教育」と捉え、ガイダンスでは、質の高い「包括的なセクシュアリティ教育」を提唱。健康と福祉を促進し、人権とジェンダー平等を尊重し、子どもや若者が健康で安全で生産的な生活を送ることができるようにすることを目的としています。5歳〜8歳、9歳〜12歳、12歳〜15歳、15歳〜18歳以上、と発達段階の年齢に合わせて、教えるべきセクシュアリティ教育についてのプログラムが書かれています。例えば、12歳〜15歳では、「性的虐待、性暴力、親密なパートナー間の暴力、いじめは人権侵害」だと教えます。またこれらは低年齢から繰り返して学ぶことが大切であるとしています。

これまで日本の学校現場では、学習指導要領の制限などもあり、子どもたちはこうした性教育を受けてきませんでした。私も全く受けた覚えがありません。

そうしたことから、子どもたちのまわりにいる大人たち、教師も含め、自らが意識的に学んできていない限りは、残念ながら「人権教育として性教育を捉える」視点が欠落していると言わざるを得ません。

一方で、日本の刑法上は13歳が「性的同意年齢」、(これは性行為への同意を自分で判断できるとみなす年齢のことで、明治時代に制定されてから100年経た今も変わっていません。)という時代錯誤的な社会の制度がいまだにつづいていることも問題です。性暴力が何かを知らない弱者である子どもは、性被害の危険と隣り合わせでもあります。子どもをそうした性被害から守るためにも、包括的な「性教育」は必要です。

「いのちの安全教育」は、国際的な指針「国際セクシャリティ教育ガイダンス」を参考に、人権教育としての性教育を、是非とも本区で推進すべきと、強く要望します。

教育長のご所見をお聞きします。

質問は以上でおわりですが、最後に一言もうしあげます。

昨日も他の議員からありましたが、私も本区の男女共同参画推進会議の会長をつとめている治部れんげさんが区長にインタビューされた記事をかつて強い印象を受けました。

終戦時、8歳だった高野区長は、焼け野原の池袋に立ち、日本はもう終わりだと思ったところから、壮絶な戦後を生きてこられたことが語られていました。

インタビューの中で区長は、その体験が「平和あってこその文化」であり、そこににぎわいや経済がついてくると語っています。

強烈な戦争体験によって導き出されたその理念こそが、高野区政の根底には流れているものだと、この間感じています。

戦争というのは、いちど起きてしまったら、なかなかやめることができない、ということを、ロシアによるウクライナ侵攻の、この悲惨な戦争を目の当たりにして、つくづく感じている今、政治がやらなければならないのは、いかにそれを回避するか、ということです。

それは、なにも国や国会議員だけがやる仕事ではなく、こうして自治体においても、

「文化で平和をつくる」との強い思いで、アジアの国々との友好なネットワークをつくり、また区民のなかにも、多文化共生ということが当たり前のように生活の中に浸透してきている、そんなまちづくりができるということを、身近にいて触れることができています。

戦争体験者が政治のリーダーであることの重要性を、ひしひしと思うとともに、戦争体験のない私たちもまた、高野区長が築いてきた、平和や多文化共生への思いを大事にし、引き継がなければと強く思っている次第です。

ご静聴ありがとうございました。

(以上)